さいせん泥棒に教えられ

2008 年 11月 01日

久しぶりに、さいせん泥棒が来ました。

今日は、幼稚園の願書受付の日。幼稚園の朝礼を終えて、お寺に戻ってくる途中、本堂玄関の戸が開いているような気がしました。さざんか越しに本堂を見ると、玄関のところに、普段はありえないオレンジ色の影。これは、と思い、後ろからゆっくり近づいて、背中をぽんと叩いて「何をしてるの?」と聞くと同時に、後ろから首根っこをひねり上げて・・・、なんていうと武勇伝のようですが、相手はおじいさん。逃げるそぶりも、抵抗するでもなく、でも捕まえてしまった手前、おまわりさんを呼んでもらうことにしました。なかなか来ないので、そうだセコムの非常ボタンを押してもらおうとおもったら、電気切れとのこと。しばらくさいせん泥棒と、本堂の玄関前で「庭詰め」状態となりました。

そこで、名前と住んでいる所を聞いたのですが、「ナマエーを聞いてもわからない。」「オウチーを聞いてもわからない。」という認知症を患っている方のようでした。あれは罪を逃れるための演技ではないと思います。おまわりさんが調べたところによると、どこかの施設に入所している人らしいとのことでした。

入所している施設の管理体制がどうかはわかりませんが、ああいう人は逃げたりするのが異常に得意だったりしますから・・・。うちの先住職が入所した施設にも、一日中玄関ホールにいて、出入りする人に乗じて抜け出す機会をうかがっているおばあさんがいました。さいせん泥棒のおじいさんもそうなのかもしれませんでした。いやいや、軽々しくさいせん泥棒といいましたが、本人の意識がどうなっているのかわかりませんから、故意じゃないのかもしれません。そうすると、罪も問えませんし、当然さいせん泥棒なんて言えません。

それでも、賽銭箱をひっくり返して、中のお金を失敬しようという気持ちはどこから起こってくるのか不思議です。本当に、人間って摩訶不思議です。で、そのおじいさん、悪びれるでもなく、おまわりさんが四人も来てもおそれおののくでもなく・・・、ああなると、うらやましく思えるところもあります。何の苦しみもないようにみえますから・・・。「わたしゃ、年取って、ボケ老人になりたくないヨ。」とよく聞きますが、おじいさんを見ていたら、ボケたが勝ちとも思えてきました。だって、ボケるのは昔からの人間の知恵です。

「あなた、このワイシャツの口紅、どこでつけてきたの?」

「さあ、どうしたんだろう?」

なんていい加減に言っていると、

「なにを、とぼけているの!」

ほーら、ボケるのは人間の、いえいえ、男の知恵ではありませんか。

11月1日