「没蹤跡」(もっしょうせき) 解体工事・整地作業が終わりました。

2017 年 08月 05日

 庫裏前庭の片付け、池の沈殿槽や循環槽の解体撤去、残っていた植木の片付け、

 庫裏への敷石、本堂への参道、墓地への参道の片付け、

 駐車場塀やブロック塀、ブロック土留めなどの解体、

以上の仕事が終わり、整地作業も完了して、何もなくなりました。

 本堂や庫裏へ行く石畳は、原石の切れ端を拾ってきて、自ら敷いたものでした。その後、檀家の有志の人たちと酸素バーナーで焼いて、濡れても滑らないように手を加えました。そんな石も廃棄物となってしまいました。また、墓地への参道の敷石も、墓石の台座や石材店の廃棄物を集めて、自ら作りました。それも、重機の手にかかったら一瞬で片付けられてしまいます。

 禅に、「没蹤跡」(もっしょうせき)という言葉があります。とかく、人は、「俺があれをやった。」「俺が面倒を見てやった。」などと言いたがり、自分の功績などを認めてもらいたいとかひけらかしたいとかいう思いを抱きがちですが、そんなものにとらわれるなというので、「没蹤跡」、痕跡を残すなと戒めています。厳しい修行の後に得られるお悟りさえも、悟後の修行でその臭みを消してしまえと言っています。

 二台の重機が、蹤跡を消し去ってくれて、「本来無一物」にしてくれたということでしょうか。